製薬会社の品質管理部から転職するとき、選択肢は思ったより広い

品質管理部で働いている方から、転職の相談を受けることがあります。
内容は人それぞれなのですが、最後にたどり着く不安はだいたい同じです。

「この仕事の経験って、外に出て通用するんでしょうか」

分析機器を回して、規格に照らして、記録を残して、逸脱が出れば調査する。
社内では欠かせない仕事なのに、求人票を眺めていると自分の職種名がどこにも見当たらない気がしてくる。
その感覚は、私にも覚えがあります。

はじめまして、峰岸遼と申します。
国内の中堅製薬メーカーで品質管理を12年ほど担当し、その後CROの分析受託部門に移りました。
溶出試験器やHPLCの日常点検から、IQ/OQ/PQの文書作成、当局の査察対応まで一通り経験しています。
今は独立して、製薬・受託試験の会社さんにGMP文書と機器管理の整備をお手伝いする仕事をしています。

結論から書きます。
品質管理部の経験は、思っているよりずっと多くの場所で必要とされています。
ただし「品質管理ができます」という一言のままでは、その価値が相手に伝わりません。

この記事では、品質管理部を出たくなる理由の整理から、実際にどんな選択肢があるのか、そして動き出す前に何をしておくべきかまでを順番に書いていきます。
年収の数字も出しますが、その数字がどこから来たものかも合わせて書きます。
出どころの分からない相場観ほど、判断を狂わせるものはありませんので。

品質管理部を出たくなるとき、理由はだいたい3つに分かれる

相談を受けていて気づいたのですが、辞めたい理由は驚くほど似通っています。
自分だけが特殊な悩みを抱えていると思い込んでいる方が多いので、まず型を並べておきます。

手順が固まりきって、頭を使う余地が減る

品質管理の仕事は、手順が固まっていることが価値です。
誰がやっても同じ結果になるように設計されている。
それがGMPの考え方の根っこにあるものですから、これは仕組みとして正しい。

ただ、正しいこととやりがいが続くことは別の話です。
入社して3年目くらいまでは覚えることが山ほどありますが、5年、8年と経つと、年間の業務がひと通り頭に入ってしまう。
来年も再来年も同じカレンダーが回ることが見えてしまうと、人は落ち着かなくなります。

私の場合、それが7年目でした。
新しい試験法の立ち上げが一段落した翌年、ふと「去年と同じことをしている」と気づいてしまったんです。

年収の上がり方が先まで見えてしまう

もうひとつが給与です。
品質管理は工場や供給センターに所属することが多く、転勤が少なく勤務も規則的で、生活は安定します。
その安定と引き換えに、給与カーブも安定してしまう。

役職が空かないと上がらない、という会社は珍しくありません。
上のポストに誰が座っていて、その人があと何年いるのかまで見えてしまうと、自分の10年後の年収がおおよそ計算できてしまいます。

査察と文書対応で、分析そのものの時間が削られる

これは近年になって強まった悩みだと感じています。

2021年8月に施行された改正GMP省令は、PIC/SのGMPガイドラインとの整合を目的のひとつに掲げていました。
医薬品品質システムの構築や、文書・記録の管理に関する要件が整理され、データインテグリティの考え方も明確に位置づけられています。
このあたりの改正の趣旨は、厚生労働省の医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令の一部改正についてで確認できます。

制度として妥当な改正だと私は思っています。
ただ現場から見ると、記録の書き方や監査証跡の確認といった仕事が確実に増えました。

さらに、PMDAによるGMP適合性調査への対応もあります。
調査の枠組みについてはPMDAのGMP適合性調査業務のページにまとまっていますが、実地調査となれば準備は数か月がかりです。

分析がしたくて入った会社で、気づけば文書と会議に一日が溶けている。
そういう疲れ方をしている方は、かなり多いはずです。

転職の前に、自分の職能を分解しておく

さて、ここからが本題です。

転職市場で困るのは、品質管理という職種名が広すぎることです。
同じ肩書きでも、やっていることは会社ごとに全然違います。
だから「品質管理を10年やりました」と書いても、相手には解像度の低い情報しか届きません。

まず、自分の経験を細かく分解してください。

「機器が使える」を細かく言い直す

たとえばHPLCひとつとっても、できることには段階があります。

  • 決められた条件でサンプルを流して結果を出せる
  • 分離が悪いときにカラムや移動相を変えて原因を切り分けられる
  • 新しい試験法を立ち上げて、バリデーションまで通せる
  • 機器の据付から適格性評価まで自分で実施できる
  • 他社製の機器も含めて、点検・校正の年間計画を組める

どこまでできるかで、行ける先が変わります。
上の2つだけなら同業他社への横移動が中心になりますが、下の2つまで書ければ機器を扱う側の企業からも声がかかる領域に入ります。

GMP文書を書けることの希少性

私が独立してから強く実感したのが、この点です。

機器を操作できる人より、GMPに沿った文書を書ける人のほうが少ない。
そしてこちらのほうが、はるかに単価が高い。

具体的には、こういう経験です。

  • SOPを新規に起草し、改訂履歴を管理してきた
  • 逸脱調査報告書やCAPAをまとめ、是正措置の妥当性を説明できる
  • IQ/OQ/PQの計画書と報告書を書き、承認まで通した
  • 監査や査察で、自分が書いた記録について説明した
  • 供給業者の監査に同行、あるいは実施した

これらは製薬会社の中にいると当たり前の業務ですが、外から見れば「規制対応の実務が分かっている人」という、なかなか代えのきかない属性になります。

経験の棚卸し表

社内での呼び方と、外での評価のされ方はズレます。
私がよく使う対応表を載せておきます。

社内でやってきたこと転職市場での言い換え主に評価する業種
日常的な機器操作・試験実施分析実務経験、機器スキル製薬、CRO、食品・化粧品
試験法の立ち上げ・バリデーション分析法開発、分析法バリデーション製薬研究部門、CRO、機器メーカー
機器の点検・校正・適格性評価機器バリデーション、キャリブレーション分析機器メーカー・商社、受託校正
SOP起草・記録管理・監査証跡確認GMP文書管理、データインテグリティ対応QA、CSV支援、コンサル
逸脱・OOS調査、CAPA品質保証、リスクマネジメントQA、CDMO
査察・監査対応規制当局対応、監査対応QA、薬事、コンサル
海外規格書・英文手順の読解海外規制文書対応外資系、輸入商社、機器メーカー

自分の経験がこの表の下のほうに多く当てはまるなら、選択肢はかなり広いと考えて構いません。

選択肢を7つ並べてみる

ここからは、実際にどんな行き先があるかを並べます。
私の周りで実際に移った人がいる順に近い並びです。

QA(品質保証)への横移動

いちばん王道です。
同じ会社の中で移る人もいれば、他社のQAに転職する人もいます。

試験を実施する側から、仕組みを設計して監督する側に回ることになります。
QCで書いていた記録を、今度は受け取ってレビューする立場です。

現場感覚を持ったQAは重宝されますので、QC出身であることはそのまま武器になります。
ただし、手を動かす仕事はほぼなくなります。
分析が好きで続けてきた方には、この点が意外と大きい変化です。

分析研究・試験法開発

ルーチンから開発側に移るパターンです。
研究所勤務になることが多く、学位や論文の有無が見られる場合があります。

QCで日々感じていた「この試験法、実務では使いにくい」という感覚は、開発側に回ったときに効きます。
現場で回らない試験法を作らずに済むからです。

CRO・CDMO

製薬会社から試験や製造を受託する企業です。
QCの求人は製薬会社だけでなくCROにも一定数あります。

扱う品目が一気に増えるので、経験の幅は広がります。
一方で、複数の顧客の要求に同時に応えることになるため、スケジュールの詰まり方は事業会社より厳しくなりがちです。

分析機器メーカー・商社の技術サポート職

意外と見落とされがちなのが、この方向です。

分析機器を製薬会社に納める側、つまりメーカーや輸入商社には、機器を売る営業とは別に、技術面を支える職種があります。
機器の据付と動作検証、キャリブレーション、アプリケーションの提案、ユーザー向けの講習会。
どれも、機器を使い込んだ経験がないと務まりません。

たとえば溶出試験器の分野では、機器の輸入販売とあわせてバリデーション・キャリブレーションの受託を手がけている企業があります。
2024年1月にフィジオマキナ株式会社へ社名を変更した会社もそのひとつで、日本バリデーションテクノロジーズ株式会社に関する記事をまとめたページにも旧社名当時からの言及が残っています。
同社の業務内容のページを見ると、USP Tool kit 2.0やASTMの方法に基づく校正を年間600台以上、35社から受託していると記載されています。

この数字を見て、ぴんときた方もいるはずです。
校正を受託するということは、その現場で製薬会社の品質管理部の人たちと同じ言葉で話す必要があるということです。
バス型とバスレス型の違いも、ベッセルの振れの許容範囲も、なぜその記録が必要なのかも分かっている人。
それはまさに、QCで機器と向き合ってきた人の職能そのものです。

同社は溶出試験器のほか、創薬・物性評価機器や標準品の取り扱い、応用技術研究所での受託試験、GMPセミナーの開催まで手がけています。
欧米メーカーの総代理店としての事業が中心で、標準品もUSPやEP、BPといった各国薬局方のものを扱っています。
求人票に英語力必須と書かれているかどうかは公開情報からは確認できませんでしたが、日常的に英語の技術文書に触れる環境であることは事業構造から見て取れます。

なお、こうした企業は製薬メーカーと比べて組織規模が小さいことが多い点は、正直に書いておきます。
同社もWantedlyの情報では正社員13名とパート5名の18名体制です。
少人数だから悪いという話ではまったくなく、むしろ裁量は大きくなりますが、大企業の分業体制に慣れた方には環境の変化が大きいということです。

バリデーション・キャリブレーションの受託側

前項と重なりますが、機器の適格性評価そのものを事業にしている会社もあります。
IQ/OQ/PQを実施し、報告書を書き、顧客の監査に耐える記録を残す仕事です。

品質管理部で機器の適格性評価をやってきた方にとっては、業務内容がほぼ地続きです。
違うのは、自社の機器ではなく顧客の機器を相手にすること。
そして、その仕事に対価が発生するので、記録の品質がそのまま商品の品質になることです。

CSV・データインテグリティ関連

コンピュータ化システムバリデーション、いわゆるCSVの領域です。
求人要件にはCSVの知識や、ALCOA+の原則に沿った記録のライフサイクル管理といった言葉が並びます。

改正GMP省令以降、この分野の需要は明らかに増えました。
LIMSや電子天秤、クロマトデータシステムの監査証跡を日常的に確認してきた方なら、入口はすでに開いています。

ただし、ITの素養がある程度求められます。
システムの仕組みに興味が持てるかどうかで、向き不向きがはっきり分かれる領域です。

RA(薬事)

承認申請や当局対応を担う職種です。
QCからいきなり移る人は多くありませんが、CTD の品質パートを書く仕事などは、分析データを扱ってきた経験が直接効きます。

文書を書くことが苦にならず、規制の条文を読むのが嫌いでない方には向いています。

7つの比較

並べただけでは選びにくいと思うので、表にします。

選択肢QC経験の活き方注意しておきたい点
QAへの移動現場を知るQAとして重宝される手を動かす仕事はなくなる
分析研究・試験法開発実務目線の試験法設計ができる学位や研究実績を見られることがある
CRO・CDMO扱う品目が増え経験の幅が出る納期と顧客対応の負荷が高い
機器メーカー・商社の技術職機器の知識がそのまま商品になる組織が小さいことが多い、出張が発生
バリデーション受託適格性評価の経験が直結する記録の品質が売り物になる緊張感
CSV・データインテグリティ監査証跡の実務経験が効くITへの適性が必要
RA(薬事)品質データの読み書きが活きる文書仕事が中心になる

年収の話は、数字の出どころとセットで

ここは慎重に書きます。

転職エージェントのJAC Recruitmentが公開している製薬会社の品質管理に関する市場情報では、企業規模別の年収レンジが示されています。
大手であれば30代で600万から1000万円、40代で700万から1300万円程度。
中堅では30代で500万から700万円、40代で600万から800万円程度というレンジです。

同社はQCエンジニアの転職事情のページで、平均年収807.6万円という数字も出しています。

ただし、これらの数字の読み方には注意が必要です。

  • いずれも転職エージェントが自社の支援実績をもとに公開している数字です
  • エージェントを使って転職する層は、もともと市場価値が高めに偏る可能性があります
  • 807.6万円のほうは製造業全般のQCエンジニアの数字であり、製薬に限定したものではありません

つまり、そのまま自分に当てはめる数字ではありません。
「エージェント経由で動いた人たちの実績はこのくらい」という、ひとつの参照点として見るのが妥当です。

転職メディアが示す製薬QCの一般的なボリュームゾーンは400万から600万円台とされることが多く、上のレンジとは開きがあります。
この差そのものが、動くことで変わりうる幅だとも言えますし、母集団の違いを反映しているだけとも言えます。
どちらとも断言はできません。

大手から少人数の専門企業へ移るときに見ておくこと

先ほど従業員18名という数字を出しましたが、規模の小さい専門企業への転職は、製薬メーカーからの移籍で最もギャップが出やすいパターンです。
私の知人にも何人かいますので、面接で確認しておくべきことを挙げておきます。

  • 自分の担当範囲がどこまでか(少人数だと兼務が前提になります)
  • 出張の頻度と範囲(顧客先での据付や校正がある職種は移動が多くなります)
  • 教育体制がどうなっているか(海外メーカーの研修に行けるのか、OJTのみか)
  • 決裁の流れ(小さい会社は速いのが利点ですが、属人的になりやすい面もあります)
  • 顧客との関係性(総代理店なのか、複数メーカーを扱うのか)

このあたりは、公開情報だけでは分かりません。
面接は選ばれる場であると同時に、こちらが確認する場でもあります。
遠慮せずに聞いてください。

動き出す前の3か月でやっておきたいこと

最後に、実務的な話をします。

転職活動を始める前に、3か月ほど準備期間を取ることをおすすめしています。
理由は単純で、職務経歴書を書くのに時間がかかるからです。

やることは3つです。

  • 過去に自分が起草・改訂したSOPと、担当した逸脱調査を一覧にする
  • 扱った機器のメーカー名と型式、実施した適格性評価の種類を書き出す
  • それぞれについて「何人の体制で」「どの範囲を自分が担当したか」を添える

この作業をすると、自分の経験が具体的な言葉に変わります。
「品質管理を10年」ではなく「HPLC 12台とGC 4台の適格性評価を年間計画から担当し、SOPを8本起草」と書けるようになる。
書類選考の通過率はここで大きく変わります。

あわせて、社外の学びの場に触れておくこともおすすめします。
日本PDA製薬学会は原薬GMPや無菌製品GMP、GMP教育訓練などの委員会活動を行っており、学術誌「GMPとバリデーション」の発行や教育コースも実施しています。
こうした場に出ると、他社の人がどんな課題を抱えているかが分かりますし、自分の経験が社内だけの特殊なものではないことも実感できます。

これは転職のためというより、社外に基準点を持つための行動です。
結果として転職しないという判断になっても、その判断の質は上がります。

まとめ

長くなりましたので、要点を整理します。

  • 品質管理部を出たくなる理由は、ルーチン化、給与の頭打ち、文書・査察対応の負荷という3つの型に分かれることが多い
  • 転職市場では「品質管理」という職種名は広すぎるため、機器スキルと文書スキルに分解して言語化する必要がある
  • 特にGMP文書を書ける経験は、機器操作より希少で評価されやすい
  • 選択肢はQA、分析研究、CRO・CDMO、機器メーカーの技術職、バリデーション受託、CSV、RAなど複数ある
  • 分析機器を扱う側の企業では、機器の知識とGMPの理解がそのまま商品価値になる
  • 年収データはどの母集団の数字かを確認してから参照する
  • 少人数の専門企業に移る場合は、担当範囲・出張・教育体制を面接で必ず確認する
  • 動く前の3か月で職務経歴を具体的な数字と固有名詞に落とし込む

品質管理の仕事は、地味だと言われることがあります。
新しい薬を作るわけでも、売るわけでもない。
ただ、決められたとおりに動いていることを確かめ続ける仕事です。

でも、その確かめる力は、医薬品に関わるあらゆる場所で必要とされています。
必要とされる場所が、たまたま今いる部署だけではないというだけの話です。

自分の経験を正しく言葉にできれば、道は思っているより広く開いています。
まずは棚卸しから始めてみてください。