若者に伝えたい「建設現場で働くということ」

私の名前は中川敬司。
建設業界で半世紀近く生きてきた、現場叩き上げの人間だ。

鹿島建設で19年間、全国の現場を駆け回った。
バブルの熱気も、リーマンショックの冷え込みも、すべて肌で感じてきた。
今はペンを持って、現場の声を世の中に伝える仕事をしている。

なぜこの記事を書くのか。
それは、建設業界の「本当の姿」を若い人たちに知ってもらいたいからだ。

「3K」だの「ブラック」だの、そんな偏見に満ちた情報ばかりが先行している。
確かに厳しい面もある。
だが、それだけではない深い魅力と誇りがこの仕事にはある。

現場を知らない者に、現場の真実は語れない。

私がこれから伝えるのは、机上の空論ではない。
汗と泥にまみれて掴んだ、リアルな建設現場の姿だ。
若い君たちの人生の選択肢として、この業界を真剣に考えてもらえたら幸いだ。

建設現場とはどういう場所か

一日の流れと現場の空気

朝6時30分。
現場の門が開く音とともに、一日が始まる。

安全朝礼、ラジオ体操、そして作業開始。
太陽が昇るとともに、現場は生き物のように動き出す。

重機のエンジン音、職人たちの声、鉄筋を組む金属音。
そのすべてが絡み合って、現場独特のリズムを奏でる。

昼休みには現場事務所で弁当を広げる。
職人、施工管理、設計者。
立場は違えど、同じ目標に向かう仲間として語り合う。

午後の作業を終え、夕方には翌日の段取りを確認する。
今日の進捗、明日の課題、来週の予定。
一つひとつの積み重ねが、やがて大きな構造物となる。

単なる「作業場」ではない:社会インフラの最前線

建設現場は、単なる作業場ではない。
社会の未来を形作る、最前線の舞台なのだ。

私たちが建設しているのは、ただの建物ではない。
人々の暮らしを支える住宅。
経済活動の基盤となるオフィスビル。
災害から命を守る防災施設。

高度経済成長期に建設されたインフラの多くが、今まさに更新期を迎えている。
橋、トンネル、上下水道。
これらを次世代に引き継ぐのも、我々建設業界の使命だ。

若い君たちが手がける現場は、50年後、100年後の日本を支える基盤となる。
そんな壮大なプロジェクトに携われる仕事が、他にあるだろうか。

現場に宿る”人間ドラマ”

建設現場には、無数の人間ドラマが生まれる。

新人の施工管理技士が初めて大型クレーンの操作を指示するとき。
ベテラン職人が若手に技を伝える瞬間。
厳しい工期の中で、全員が一丸となって困難を乗り越えるとき。

私が忘れられないのは、東北の復興現場での出来事だ。
地元の職人が涙を流しながら、「故郷が蘇る」と語った姿。
その時、この仕事の本当の意味を改めて実感した。

建設現場は、技術だけでは成り立たない。
人と人との信頼関係が、すべての基盤にある。

働くということ:現場で学んだこと

肉体労働の厳しさと誇り

正直に言おう。
建設現場は楽な仕事ではない。

夏は40度を超える炎天下で作業する。
冬は手がかじかむ寒さの中でも工事は続く。
雨が降れば泥だらけになり、高所では命綱が生命線となる。

だが、そこには机上では決して得られない「確かな手応え」がある。

自分の手で鉄筋を組み、コンクリートを打設し、仕上げを施す。
目に見える形で成果が積み上がっていく喜び。
これこそが、肉体労働の真の魅力だ。

最近では作業環境も大幅に改善されている。

  • 安全装備の高度化
  • 空調服や冷却ベストの普及
  • ICT技術による負担軽減
  • 適切な休憩時間の確保

体を使って働くことに、恥じることは何もない。
むしろ、それを誇りに思うべきだ。

チームワークと責任感

建設現場で最も重要なのは、チームワークだ。

一つの建物を完成させるには、数十種類の専門職が連携する必要がある。
基礎工事、鉄骨建方、内装、設備工事。
どれか一つでも遅れれば、全体の工程に影響する。

私が現場代理人を務めた大型商業施設の建設では、300人を超える作業員が同時に働いていた。
毎朝の朝礼で確認する作業内容。
職種間の綿密な調整。
安全第一を徹底した現場運営。

そこで学んだのは、個人の責任感がチーム全体の成功を左右するということだった。

「俺一人くらい」という気持ちは現場では通用しない。
一人ひとりが自分の役割に責任を持つからこそ、大きな成果を生み出せる。

安全と命の重みを知る

建設現場で最も大切なのは、安全だ。

KY(危険予知)活動、ヒヤリハット報告、安全パトロール。
これらは決して形式的なものではない。
一つのミスが大事故につながる可能性がある現場では、命を守る砦なのだ。

私が若手だった頃、先輩からこう言われた。
「技術は後から身につく。だが、失った命は戻らない」

この言葉の重みを、現場で働く者なら誰もが理解している。
だからこそ、互いの安全を気遣い、声をかけ合う文化が生まれる。

近年の労働災害件数は着実に減少している。
それは、業界全体が安全意識を高め続けているからだ。

技術と誇りの継承

職人から学ぶ”生きた技術”

建設業界には、機械では代替できない「職人の技」が存在する。

左官職人が壁を平滑に仕上げる手さばき。
鉄筋工が複雑な配筋を正確に組み上げる技術。
型枠大工が寸分の狂いもなく型枠を組む技能。

これらの技術は、教科書では学べない。
現場で先輩の背中を見て、体で覚えるものだ。

私が忘れられないのは、ベテランの鳶職人の言葉だ。
「技術は一日では身につかない。だが、一度身につければ一生の財産になる」

その職人は70歳を過ぎても現役で、若手の指導にあたっていた。
半世紀以上積み重ねた技術と経験。
それを次世代に伝えることこそが、職人の最後の仕事だと語っていた。

「技術は目で盗め」は本当か?

昔から建設業界では「技術は目で盗め」と言われてきた。
だが、時代は変わっている。

現在では体系的な技術継承システムが構築されつつある。

  1. 建設キャリアアップシステム(CCUS)の活用
  2. 技能検定制度による客観的な評価
  3. OJT(On-the-Job Training)の体系化
  4. デジタル技術を活用した技能の可視化

「目で盗む」だけでは限界がある。
言語化できない「暗黙知」を、いかに「形式知」に変換するか。
これが現代の技術継承における最大の課題だ。

ベテランと若手の間にある壁と橋

技術継承において最も難しいのは、世代間のギャップだ。

ベテランは「自分たちは苦労して覚えた」という経験がある。
若手は「効率的に学びたい」という合理的な思考を持つ。

このギャップを埋めるには、両者の歩み寄りが必要だ。

ベテランには:

  • 教える技術の向上
  • 若手の価値観への理解
  • 段階的な指導計画の作成

若手には:

  • 積極的な学習姿勢
  • ベテランへの敬意
  • 失敗を恐れない挑戦心

技術継承は一方通行ではない。
ベテランも若手から新しい発想や技術を学べる。
それが、建設業界の発展につながる。

若者に伝えたい現場の魅力と課題

「3K」だけじゃない現場の魅力

建設業界は長らく「3K(きつい・汚い・危険)」と言われてきた。
確かに、そうした側面は否定しない。

だが、それだけではない魅力がこの業界にはある。

創造する喜び
何もない土地から、巨大な構造物が立ち上がる。
その過程に関われる感動は、他では味わえない。

社会貢献の実感
自分が手がけた建物が、多くの人に利用される。
それを目の当たりにする瞬間の充実感。

技術の進歩への参加
ICT、IoT、AI技術の建設現場への導入。
最先端技術の実証実験に関われる面白さ。

安定した需要
人が生活する限り、建設の需要はなくならない。
インフラの更新、災害復旧、新たな街づくり。
将来にわたって安定した仕事がある。

給与・労働時間・キャリアの実際

建設業界の待遇について、正直な情報を伝えよう。

給与水準の改善

建設業の平均年収は約565万円で、全産業平均を上回っている。
特に技能を持つ職人や施工管理技士の待遇は大幅に改善されている。

  • 一級建築士:約703万円
  • 施工管理技士:約630万円
  • 優良技能者:年収600万円目標

労働時間の適正化

2024年4月から建設業にも働き方改革が本格適用された。
時間外労働の上限規制により、長時間労働は確実に改善されている。

実際、2024年の建設業求人では:

  • 年間休日120日以上:20.2%(全体平均8.3%)
  • 土日祝休み:29.9%(全体平均9.6%)

キャリアパスの多様化

建設業界のキャリアは、従来よりもはるかに多様になった。

→ 現場作業員 → 職長 → 工事主任
→ 施工管理技士 → 現場代理人 → 工事部長
→ 設計 → プロジェクトマネージャー → 技術開発

資格取得支援制度も充実しており、努力次第でステップアップが可能だ。

働きやすい建設業界に向けた変化と取り組み

建設業界は確実に変わっている。

週休2日制の導入
国土交通省は2024年度までに週休2日制の完全導入を目指している。
既に多くの現場で実施され、プライベートの時間も確保できるようになった。

女性の活躍推進
従来は男性中心だった現場も、女性の進出が進んでいる。
女性専用の設備、育児支援制度、柔軟な働き方の導入など、環境整備が急速に進展している。

ICT技術の活用

  • ドローンによる測量・点検
  • BIM/CIMによる3次元設計
  • IoTセンサーによる品質管理
  • ウェアラブル端末による安全管理

これらの技術により、従来の「きつい」作業が大幅に軽減されている。

外国人技能実習生との協働
グローバル化が進む現場では、多様な文化背景を持つ仲間と働く機会も増えている。
これは視野を広げる貴重な経験になる。

建設の未来を担うあなたへ

あなたの力が必要とされている

建設業界は今、大きな転換点に立っている。

2025年問題により、熟練技能者の大量退職が予想される。
一方で、インフラの老朽化対策や災害復旧の需要は増加の一途だ。

業界は、あなたのような若い力を心から必要としている。

だが、ただ人手が欲しいわけではない。
新しい時代の建設業界を支える、意欲的な人材を求めている。

従来の価値観にとらわれず、新たな発想で課題に挑む。
デジタル技術を駆使して、効率的な現場運営を実現する。
安全で働きやすい職場環境を率先して作り上げる。

そんな若者たちこそが、建設業界の未来を切り開いていく。

「ものづくり」に携わる誇りと可能性

建設業は、究極の「ものづくり」産業だ。

バーチャルな世界が拡大する現代だからこそ、「リアルなもの」を作る価値は高まっている。

住宅、オフィス、学校、病院、道路、橋、空港。
これらはすべて、人々の生活と社会活動の基盤となる。

君たちが手がけるプロジェクトは、必ず誰かの役に立つ。
それも、今生きている人だけではない。
50年後、100年後の人々にも恩恵を与え続ける。

そんな仕事に携われることの誇りを、ぜひ実感してほしい。

また、建設業界は国際的な展開も期待できる分野だ。
日本の建設技術は世界最高水準にある。
アジア、アフリカ、南米の国々では、インフラ整備の需要が急速に拡大している。

将来的には、海外でプロジェクトマネージャーとして活躍する道も開けている。

一歩を踏み出すためのヒント

建設業界に興味を持ったなら、まずは行動を起こそう。

情報収集から始める

  • 業界団体のウェブサイトを閲覧
  • 建設会社の採用説明会に参加
  • 現場見学会への参加
  • 建設系の専門学校・大学のオープンキャンパス

資格取得にチャレンジ

  • 建築士
  • 施工管理技士
  • 技能検定
  • 測量士

これらの資格は、就職活動でも大きなアドバンテージになる。

現場を体験する

  • インターンシップ
  • アルバイト
  • 職業体験プログラム

実際に現場の空気を感じることで、この仕事の魅力を実感できるはずだ。

ネットワークを作る
建設業界は人とのつながりが重要な業界だ。
学校の先輩、業界関係者との人脈を大切にしよう。

建設業界の最新動向を知る
業界の変化に敏感であることも重要だ。
BRANU(ブラニュー)などの建設DX企業の採用情報をチェックして、どんな人材が求められているかを把握しよう。
テクノロジーで建設業界をアップデートする企業の動向を知ることで、未来の建設業界で活躍するヒントが見つかるはずだ。

何より大切なのは、「やってみたい」という気持ちだ。
完璧を求める必要はない。
興味があるなら、まずは一歩を踏み出してみてほしい。

まとめ

現場が教えてくれた人生の大切なこと

19年間の現場経験を通じて、私が学んだことは技術だけではない。

責任感の重要性
自分の仕事に責任を持つことの大切さ。
それが信頼関係の基盤となり、チーム全体の成功につながる。

継続することの力
一日では身につかない技術も、継続すれば必ず習得できる。
諦めずに続けることの大切さを、現場は教えてくれた。

協調性の価値
一人では決して成し遂げられない大きな目標も、チーム一丸となれば実現できる。
多様な価値観を持つ仲間と働くことで、視野が広がった。

安全への配慮
命の大切さ、安全への配慮の重要性。
これは仕事だけでなく、人生全般に通じる教訓だ。

中川敬司から若者への最後のエール

若い諸君、迷っているなら、まず現場を見に来てほしい。

建設現場は、決して敷居の高い場所ではない。
やる気があれば、必ず受け入れてくれる場所だ。

君たちの新鮮な感性と柔軟な発想が、この業界には必要だ。
従来のやり方に疑問を持ち、より良い方法を提案する。
新しい技術を積極的に取り入れ、現場の効率化を図る。
安全で働きやすい環境作りに貢献する。

そんな若者たちによって、建設業界はさらに発展していくだろう。

もちろん、楽な道ではない。
時には厳しい局面もある。
だが、それを乗り越えた先には、必ず大きな達成感と成長が待っている。

「働く」を見つめ直すきっかけとして

最後に、働くということについて考えてみてほしい。

仕事とは、単に生活の糧を得るためだけのものではない。
自分の価値を社会に還元し、成長し続けるための手段でもある。

建設業界は、そんな働き方を実現できる場所の一つだ。

目に見える成果、社会への貢献、技術の習得、人とのつながり。
これらすべてを得られる仕事は、そう多くはない。

もしも君が、本当にやりがいのある仕事を探しているなら。
もしも君が、社会に貢献したいと考えているなら。
もしも君が、確かな技術を身につけたいと思っているなら。

ぜひ一度、建設業界の扉を叩いてみてほしい。

現場は、いつでも君たちを待っている。


筆者:中川敬司(なかがわ けいじ)
元鹿島建設現場監督、現フリーランスライター
建設業界専門記事執筆、NHK特集番組原案提供